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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)3131号 判決 1970年9月29日

控訴人 前橋工業団地造成組合

被控訴人 福島元雄 外四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次に記載するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、

「一、請求原因に対する答弁の訂正

控訴人は、原審において各被控訴人がその主張のとおり本件水路を占有していることを認めると答弁したが、これを訂正し、本件水路は、各被控訴人ともそれぞれ従前所有していた本件土地に接着する部分についてのみ占有していることを認めると改める。

二、権利の濫用の抗弁

控訴人は、前橋市都市計画西部第二土地区画整理事業の施行により施行者前橋市長から、本件土地について昭和四一年三月一五日、効力発生の日同年六月一日とする仮換地指定を受け、その使用収益権を取得し、反面、被控訴人らの本件土地使用収益権は停止された。しかし、被控訴人らは、同事業に反対して本件土地の明渡をせず、控訴人からの昭和四三年七月一八日頃到達の書面による明渡請求にも応じないので、控訴人が明渡請求訴訟を提起し現在係争中のものであつて、悪意の占有者である。占有訴権は、人と物との事実関係の保護の観点から、占有者の善意悪意を問わず、正権原による占有か否かは問わないとされているが、いやしくも、法が正義の実現である以上、悪意の占有者を保護すべきではない。本件のように既に法の規定により本件土地の使用収益を停止せられ、単なるその占有者に過ぎない被控訴人らにとつて妨害物の存在は何らの意味もない。反面、控訴人は、工業用地区の用途指定を受けて工業団地造成工事中であり、仮りに本件妨害物を除去しても、他日控訴人が本件土地の引渡を受けた場合は再び同様の工事を繰り返さざるを得ず、社会の損失である。このように自己に何らの利益をもたらさず単に相手方に損害を与え社会の損失を招来する権利の行使は、濫用というべきで許容されないものである。

三、前記一の答弁の訂正及び二の抗弁は、時機に後れた攻撃防禦方法ではなく、また、訴訟の完結を遅延せしむべきものではない。」

と述べた。

被控訴代理人は、

「一、本件水路の占有関係

本件水路は水田耕作用の水路であるが、本件のような水田耕作用の水路は、公水路からの取水口から、別の公水路への排水口までの全部を、当該水路に接着する水田の耕作者が全員で共同占有しているものである。従つて、水路を部分に分かち、その一部分ずつをそれぞれが別個に占有している関係ではない。

二、控訴審における第一審の準備手続の効果

本件は原審において準備手続を経ているから、民事訴訟法三八〇条、二五五条の規定により、前記控訴人主張一の答弁の訂正及び同二の抗弁は、控訴人において、これを主張することができない。

三、時機に後れた攻撃防禦方法

前記控訴人主張一の答弁の訂正及び同二の抗弁は、控訴人の故意または重大な過失により時機に後れて提出した攻撃防禦方法であり、その審理のため訴訟の完結を遅延せしむることは明白であるから、民事訴訟法一三九条により、その却下を申し立てる。

四、自白の撤回に対する異議

前記控訴人主張一の答弁の訂正は自白の撤回であるから異議がある。

五、権利の濫用の抗弁に対する反ばく

控訴人の主張は、そもそも占有の訴えの認められる趣旨を真向から否定するものである。加えて、本件の場合、控訴人は公共団体ではあるが、被控訴人らと同一の資格で仮換地指定を受けながら、該区画整理の実際の目的は工場誘致のための工場用地の造成にあり、控訴人がその任に当るものであるから実力行使も許されると広言し、被控訴人らの再三の注意にもかかわらず被控訴人らが占有する土地に実力で土砂を押し入れようとしたので、被控訴人らは本件土地立入禁止仮処分を申請した。ところが、その審理中に控訴人は土砂の押し込みを開始し、同仮処分決定が発せられるまでの間に本件の如き妨害の状態を作り出したのである。」

と述べた。

証拠<省略>

理由

当裁判所は、次に付加するほかは、原判決理由と同一の理由により被控訴人らの本訴請求を認容すべきものと認めるので、原判決理由を引用する。

前記控訴人主張一の答弁の訂正は、各被控訴人が各占有土地に密着する部分のみならず各主張の本件水路全部を占有する事実中、被控訴人らがそれぞれ占有土地に密着する水路の部分以外の水路部分を占有する事実について、控訴人がなした自白の陳述を撤回するものにほかならないから、自白の取消というべきであるが、右自白は、本件は原審において準備手続に付されていたところ、昭和四三年一〇月一四日原審第一回準備手続期日において右自白を記載した控訴人の同日付答弁書を陳述して、これをなしたものであつて、その旨同期日の調書に記載されている事項であること記録上明らかであるので、右自白の取消は、被控訴人らがこれに同意しない本件の場合、民事訴訟法三八〇条、二五五条の規定により、著しく訴訟手続を遅滞せしめざるときか、または重大なる過失なくして準備手続において、これをすることができなかつたことを疎明しなければ、これを主張することが許されないところ、同自白の取消の当否のためのみに新たな証拠調を必要とし著しく訴訟手続を遅滞させることは明らかであり、また、控訴人において重大なる過失なくして準備手続においてこれを主張できなかつたことは何ら疎明しないから、同自白の取消は、その余の判断をするまでもなく、その主張をすること自体許されないとして却下すべきである。

つぎに前記控訴人主張二の権利の濫用の抗弁は、前記のとおり本件は第一審において準備手続を経ているところ、準備手続の調書において記載されなかつた事実にもとづくものであることは記録上明らかであるので、同抗弁事実を提出するには前同様に前記民事訴訟法二五五条所定の要件を要するところ、同抗弁審理のためには相当の証拠調を必要とし著しく訴訟手続を遅滞させることは明らかであり、また控訴人において重大なる過失なくして同抗弁を準備手続において提出できなかつたことを疎明しないので、同抗弁事実の主張もまた却下すべきである。そして、控訴人主張のその余の事実関係についてみても、被控訴人らの本訴請求をもつて権利の濫用となすべき事情は存しない。

よつて、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は相当であるので、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫 後藤静思 平田孝)

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